「鰰(ハタハタ)漁を見極むべしとわが来れば/漁港は人と鰰の山」(吉田茂雄・歌人)
 2004年12月、男鹿市北浦漁港は、ハタハタの大漁で沸き返っている。昨年から今年・・・「昭和40年代を思い出すよ」・・・老漁師がつぶやくほどの大群が押し寄せるようになった。
 かつては、獲れすぎて困ったほど。当然、価格は暴落し「箱代にもならない」と言われるほど大漁貧乏が続いた。そんな時代は、毎日ハタハタ攻めで、見るのも嫌になるほどだった。それが一転、不漁続きで、1匹1000円前後の高級魚ともなると、不思議と食べたい衝動に駆られる。これは秋田生まれの性とでも言える現象だと思う。ハタハタの復活は、漁民だけでなく、秋田生まれの人なら、心から夢見ていたはずだ。
 「はたはたと いふさかな/うすべにいろのはたはた/はたはたのとれる日は
 はたはた雲が あらわれる/はたはたやいてたべるのは/北国のこどものごちそうなり
 はたはた みれば/母をおもふも/冬のならひなり」(新潮文庫「室生犀星詩集」より)
ハタハタ釣り
 季節ハタハタのサビキ釣りで賑わう男鹿市北浦漁港・・・ハタハタって本当に釣れるのだろうか・・・釣る、というより、サビキの仕掛けに、群れるハタハタが勝手に引っ掛かる、といった感じだった。県民魚が「入れ食い」と来れば、ハタハタフィーバーに酔うのも理解できる。
 サビキ釣り・・・3〜5m程度の投げ竿・磯竿に小型スピニングリール、道糸2〜3号+アジ用サビキ。サビキの仕掛けに引っ掛かるくらいだから、ハタハタの大群がいかに凄いか分かる。禁止されている釣法は、カニかごやタモ網の使用、ガラ掛け、から針での釣り。
 ダブルでヒットする場合も珍しくない。巷の話では、釣れるのはオスばかりとのことだったが・・・実際現場で見ると、ブリコを抱えたメスも結構釣れていた。
 ハタハタ(メス)・・・ウロコと測線、浮き袋もない。下顎が上顎より突きだし、愛嬌のある顔をしている。体の背縁に、黄褐色の斑紋がある。腹部がブリコ(卵)で膨らんでいるので、メスだとすぐに分かる。
 ハタハタ(オス)・・・腹部に長い突起があるのがオス。これは泌尿生殖突起。雌雄の判別は、外観からすぐに判別できる。オスの腹部を手で押すと、成熟した白子が水鉄砲のように飛び出す。
 またまたダブルで釣れる。釣り人が「足下を見てご覧」と言うので覗くと・・・
 ハタハタが海の藻に大量に産卵、付着した卵塊(ブリコ)が荒波から顔を出す・・・ハタハタは、沿岸域の水温が13度以下になると、産卵のため一挙に接岸する。水深が1.5〜2.5mのホンダワラ類に産みつける。産卵は午前零時から4時頃まで。メスは1回の産卵行動で全ての卵を放出する。卵が海水に触れると、強い粘着性を示し、ブリコと呼ばれる卵塊を形成する。産卵は夜明けまでには終了し、メスの多くは沖合に戻る。だから、日中のハタハタ釣りは、オスばかりと言われるのだろうか。
 卵塊は、直径3〜5cm、重さ10〜60g。卵塊の色は、茶、緑、橙色など変化に富む。10〜15日で発眼卵となり、60日前後で孵化する。孵化のピークは、2月中旬から下旬。
 ハタハタは、英語名がサンドフィッシュ。男鹿水族館GAOでは、砂に潜るハタハタを観察できる。

 孵化した後、5月上旬までは沿岸域に生息し、徐々に水深200m以深に移動する。成長はメスが早く、主な漁獲は2〜3歳魚。寿命は5年程度。
 秋田県沖を主な産卵場とするハタハタは、青森県沖から新潟県沖まで回遊・移動する日本海北部系統群。
 釣り人の釣果
 ハタハタの大群に群がるのは、釣り人や漁師だけではない。ハタハタの群れを狙うウミネコの群れ・・・写真の鳥は、ハタハタのブリコを口にくわえている(転用フリー写真集「デジタル楽しみ村」より)
 ウミネコが舞う銀色の海、押し寄せるハタハタに釣り人たちも群がる。
ハタハタ復活に沸く北浦漁港
 ハタハタの漁獲量は、昭和38年〜昭和50年まで1万トンを越えていたが、昭和51年以降激減、平成3年には72トンまで落ち込んだ。その原因は、海の環境の変化、乱獲、産卵する藻場の減少の三つ。平成4年、漁業者は3年間の自主禁漁に踏み切った。さらに、産卵場の造成、漁網を利用した増殖、種苗放流など、「育てる漁業」に大転換した。
 3年間の禁漁が明けた平成7年以降、漁業者間の自主協定として漁獲枠を設定。「獲りながら増やす」には、「資源量の5割」が上限というもの。そのかいあって、漁獲量は着実に増加。2003年には、2,969トンで、対前年比40.6%増。生産額は、11億2,600万円で全国一に返り咲いた。まさに「ハタハタの本場復活」と言える。
 「鰰(ハタハタ)の漁期ばかりは村あげて/老弱男女みな死に物狂い」(吉田茂雄・歌人)
 「鰰をエッペ買ってけれ/売る人も買う人もみな死に物狂い」(吉田茂雄・歌人)・・・昔の原風景を歌ったハタハタ賛歌が、今、現実となって蘇った。
 ハタハタは、漢字で「鰰」・・・つまり「神の魚」という意味がある。かつては、一年間で獲れる魚の半分以上をハタハタが占め、11月中旬から12月中旬のわずか1ヶ月だけの収入で一年間暮らせた人もいた。だから漁師にとってハタハタは、神様からの贈り物と考えた。現在は、「年に一度の冬のボーナス」みたいなものとも言う。
 秋田は、およそ半年が深い雪に覆われる。その冬ごもりの直前、ハタハタは大群となって押し寄せる。漁獲量が多く、しかも押し寄せるタイミングが初冬の寒い時期が幸いして、鮮度を保ったまま、内陸の山間奥地まで運び込むことができた。大漁のハタハタを、長く、美味しく食べるために、先人は知恵を絞りに絞った。

 「秋田ならどこでも同じ、正月にハタハタは欠かせない」・・・正月前から春まで、ひたすらハタハタを食べて冬を越す。塩ふり焼き、田楽、塩汁鍋、ハタハタ鮨、ぶりこなます・・・。そんな秋田の食文化に欠かせないハタハタが復活・・・「鰰が来たどぉ〜」・・・まるで年に一度のボーナスと正月、祭りが一挙に押し寄せたような大騒ぎ。

「昨日喰い今日も喰いたる鰰の/旬のものよと飽きもせず喰う」(吉田茂雄・歌人)
参 考 文 献
「ハタハタの海」(八柳吉彦著、秋田魁新報社)
「県の魚 ハタハタ(平成14年12月6日制定)」(秋田県)
日本の食生活全集5「聞き書 秋田の食事」(農文協)
転用フリー写真集「デジタル楽しみ村